
Ciao!今回は、タルクィニアにある世界遺産『モンテロッツィのネクロポリ』をご紹介します。
モンテロッツィのネクロポリとは?








モンテロッツィのネクロポリ(Necropoli dei Monterozzi)とは、タルクィニアの街の郊外にある古墳群。エトルリア時代の遺構として、2004年にはユネスコ世界文化遺産『チェルヴェーテリとタルクィニアのエトルリア墓地遺跡群』に指定されました。
エトルリア人は、ローマ時代よりも前、紀元前9世紀~紀元前1世紀頃にイタリア中部に住んでいた先住民族です。優れた文明を持ち、エトルリア時代の井戸が現役で使えるなどの例もあるほどです。現在でも、アレッツォ・コルトーナ・ヴォルテッラ・ペルージャ・キウージなど、エトルリアを基礎とした街が多く残っています。
エトルリア美術はギリシア美術の影響を受けながらも、独自の発展を遂げています。特に死後も現世のような生活が続くと考えられた死生観を象徴するように、宴会や舞踏・狩り・宗教といったの日常をテーマにした鮮やかなフレスコ壁画が埋葬室の中に描かれています。
モンテロッツィのネクロポリでは、墓は地下にあるため階段を下りて、電気のボタンを自分で点けて見学します。(一定時間で消灯となるので、まだ見たい場合はまた点けます。)
各墓室への扉が開いていれば見学可能。出土品の温度や湿度管理のためガラス越しとはなりますが、修復された色鮮やかな彩色壁画を見学することができます。
なお、期間によって実際に見学できる数は変わります。2026年2月現在は、23室中12室が公開されていました。
タルクィニアの街からは、徒歩約20分(約1.2km)。
地下墓室
軽業師の墓(Tomba dei Giocolieri)

1961年に発掘された紀元前6世紀末頃の墓。名前の由来は壁面に描かれた装飾のモチーフ。切妻屋根の天井を持つ単一の墓室で構成されています。
正面の壁画の三角破風には赤いライオンと緑の豹。中央で軽業師たちがショーを繰り広げており、右側で杖を持って見ている人物がこの墓の住人だと考えられています。
パッロッティーノの墓(Tomba Pallottino)

1962年発掘の紀元前4世紀初め頃の墓。名前の由来はエトルリア学の創始者である学者。切妻屋根の天井を持つ単一の墓室で構成されています。
壁面には、踊るシタール奏者を伴う舞踊の場面が描かれていいます。全体的に赤色が多く使われていることが特徴です。
ドゥエ・テッティの墓(Tomba dei Due Tetti)


1969年に発掘された紀元前2世紀前半の墓。
墓室の中央には、エトルリア神話における冥界の案内人であるCharun(Ade)の像で装飾された柱があります。Charunはギリシア神話のカロン。右側の壁には、故人の冥府への旅路を描いた装飾が施されていいます。
カルダレッリの墓(Tomba Cardarelli)



紀元前6世紀末頃の墓。名前の由来はタルクィニア出身の詩人。
奥の壁中央には扉が描かれており、その両脇には2人の演奏者がいます。左側の壁には、フルートの奏者に先導された女性に向かって歩み寄る人物や豪華な衣装をまとった墓の住人らしき女性、女性の前には奴隷と思われる人物、後ろには鏡を持った女中が描かれています。右側の壁には、踊り手や演奏者、従者、そして杯を投げようとしている人々が描かれています。
小花の墓(Tomba dei Fiorellini)

1960年に発掘された紀元前5世紀中頃の墓。、切妻屋根の天井と祭壇を備えた単一の墓室で構成されています。
天井部には小さな花模様。壁面には、宴会や舞踊、音楽の場面が描かれています。また、正面の壁画の三角破風には戦いを挑む姿勢で向かい合う2羽の雄鶏が描かれています。
鹿猟の墓(Tomba della Caccia al Cervo)

1960年に発掘された紀元前5世紀中頃の墓。切妻屋根の天井を持つ単一の墓室で構成されています。
壁面には、屋外で行われる宴会や舞踏の場面が描かれています。奥の壁面の上部には、狩人や犬、鹿が登場する狩猟の場面が装飾されています。
カロンティの墓(Tomba Caronti)


1960年発掘の紀元前3世紀前半の墓。2層構造のヘレニズム時代の墓の一例とされています。上層には祭壇を備えた部屋があり、そこから狭く急な階段を降りて、故人が安置されていた下の2つの部屋へと続く構造です。
上層の部屋の壁面には、2つの黄泉の国へ続く扉が彫られており、その両側にはエトルリア神話に登場する死者の魂を冥界へ導く悪魔「カロン」が描かれています。
プルチネッラ(乙女)の墓(Tomba della Pulcella)



1865年発掘の紀元前5世紀後半の墓。名前の由来は、左側の壁に描かれた若い女中像。
奥の壁にある窪みは神殿を模して装飾された納骨室で、側壁には宴会を楽しむカップルたちが描かれています。
階段を下った先にあります。わかりにくい場所にあるので見逃さないように注意。
ゴルゴネイオンの墓(Tomba Gorgoneion)

1960年に発掘された紀元前5世紀末頃の墓。切妻屋根の天井と壁に沿って設けられたベンチ状のものを備えた大きな部屋で構成。
奥の壁には、木々の間で互いに挨拶を交わす二人の若者が描かれています。側壁には、飛び立つ鳥や枝に止まる鳥が描かれた一連の小さな木々が描かれています。
モレッティの墓(Tomba Moretti)

1968年に発掘された紀元前500年~490年頃の墓。名前の由来は南エトルリア地方の文化財保護局長。切妻屋根の天井を持つ単一の埋葬室で構成されています。
正面の壁画の三角破風には2頭のライオン。側壁には踊り手、奥の壁には豪華な衣装と宝石で飾られた女性が描かれてている。また、その女性に向かって、杯を捧げようとしている男性が歩み寄っています。
ベッティーニの墓(Tomba Bettini)

1967年に発掘された紀元前5世紀中頃の墓。名前の由来は壁画の修復や保存に尽力した建築家。
2つの「klnai」(宴会の寝台)を囲む宴会の場面で男性のカップルや女性たちが描かれています。また、側壁には、鳥が飛び交う小さな木々を背景に踊りと音楽の場面が描かれています。
バルトッチーニの墓(Tomba Bartoccini)

1959年に発掘された6世紀末の墓。名前の由来は当時の南エトルリア文化財保護局長。4つの部屋を備え、最も大規模な壁画墓です。
天井は5色のチェック模様。奥の壁画には、豪華な宴会の様子が細部に至るまで精緻に描かれています。宴会寝台に横たわっているのではないことから、他地域から移住してきた家族とみられています。
十字架や祝詞など宗教に関する文字も見られます。よく探してみてくださいね。
まとめ
今回は、タルクィニア郊外にある世界遺産であるモンテロッツィのネクロポリを解説しました。毎回階段を下りて行くのが少々面倒ですが、色鮮やかな壁画装飾は一見の価値ありです。他にも墓室があるのですが、訪問時は見たかった「雌ライオンの墓(Tomba delle Leonesse)」、「狩りと漁の墓(Tomba della Caccia e della Pesca)」、「豹の墓(Tomba dei Leopardi)」などは見学不可だったので、またの機会に再チャレンジとなりそうです。
特に、「豹の墓」と共に奥のエリアにある「バッカスの乙女の墓」,「横臥食卓の墓」、「葬儀寝台の墓」は見逃さないように気を付けましょう。


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